よってたかって恋ですか?


     9



どっちからかにもよるのかも知れぬが、
それでも“街なかで声を掛けただけ”という
ろくに素性も知らない異性相手に、
随分と砕けた様子で親しげに接していた、まだ十代の女の子二人。
とはいえ、実際に接してみれば、
あれこれ まだまだ拙いだけの、実はお行儀のいいお嬢さんで。
そんなお人だというに、
こうまで遅い時間にメールをくださったなんて?と、
相手の人柄を把握しておればこそ、
まずはそこへの違和感を覚えたブッダだったが、

 「あ、しまった、電源落としたままだった。」

何の拍子か 午後あたりからずっと電源が落ちたままになってたらしく。
家にいたことと更夜の星観にすっかり気持ちが独占されていたせいで、
スマホに注意が全く向かなんだイエスだったものだから、
そういう状況だったことにさえ気がつかなくて。
それが、今の今ポッケの中で何に当たったか
いきなり電源オンとなって、通知音発信となったらしく。
DMも含めた未読のメールが
ずらずらと数通たまっていたらしき表示の最初、
レイちゃん、と
呼称まで込みで登録されてあったお名前のメールを、
お待たせしちゃったなぁと
焦った様子で開封するイエスだったものの、

 「……………おや。」

ちょっとした呟きっぽいお愛想ではなかったものか、
街灯が落とす光の輪の中に立ち止まったまま、
モバイルの液晶画面をまじまじと読み始める。
そんな彼の傍らで、

 “もちょっと かかるのかなぁ。”

もうもうさすがに悋気は起きぬか、
単なる知己からの連絡を受け取り中の彼だと
見守りつつ待っておいでの如来様だったのだが、

 「…うん。」

一通りを読んだ上でだろう、
何にかうんうんと納得して見せたヨシュア様。
大ぶりな手のひらの中にすっぽりと収めていたスマホを
そのままブッダの側へと向けると、

 「これってブッダへのSOSメールみたい。」
 「はい?」

意外なお言いようをし、
まるで当然のバトンタッチよろしく
それはすんなり“どうぞ”と差し出して来るではないか。
あまりに唐突なことだったゆえ、
夜更けの住宅街の生活道路という、
時間帯といい、道幅狭くお家に迫っている場所柄といい。
このままぼしょぼしょ会話を続けるのは、
微妙に近所迷惑かもしれないシチュエーションだと気がつくまで、
彼には 珍しくも一拍置いてしまったブッダだったほどで。

 「私への? ………あ、いやいや。」

覗き込みかかり、だが、今そこに相手がいる通話でなしと、

 「まずはウチへ帰ろう。」

夜陰の満ちる道の左右を見渡しながら、そうと進言すれば。
ああそうだったと、遅ればせながらイエスの側も自分の口を手で塞ぎ。
何かから追われる人よろしく、身を縮めるようにして、
二人小走りになってアパートへの帰途についた。


  ………で。


帰りついたフラット、
何はなくともまずはと明かりを灯せば。
出掛けにブッダが片付けた六畳間には、
すっきり何も載ってはない卓袱台が、
だからだろうか どこか寂しそうに彼らを待っており。
上着を脱いで荷物を置いて、さてと
そのまま“まずは”と沸騰ポットにミネラルウォーターを注ごうとする
相変わらずなブッダなのを見やって、

 「それは私がするから。」

お茶を淹れようという流れを引き継ぎ、
その代わりにと卓袱台の前へ座らせ、
はいとイエスが手渡したのが 自分のスマホ。

 「ああ、うん。」

そうだったというのは判っているようだけれど、

 「あ、もう寝るだけなんだから煎茶で良いよ。」

ポットをセットしてから、
そのままわたわたっと流しの前へ向かった
イエスの背中へそんな声を掛けるブッダなものだから、

 「…だから。」
 「はい…。」

こっちは良いからブッダはメール見て、と。
肩越しに再三 言い置かれ、
今度こそはと メールとやらを拝見すれば、
差出人の名の下には
イエス様気付、ブッダ様へという件名。
お茶目な仕様へ“あらまあ”と小さく微笑って、
そのまま本文へ視線を移せば、

 【 先日は、
   カップケーキのレシピをお教えくださり
   どうもありがとうございました。
   早速 お教えいただいた通りに焼いてみたのですが、
   どうにも出来上がりが違うのです。】

おやおや、何だか雲行きが怪しいぞという文面で。

 “………え?”

 【 粉の配分が同じ、オーブンの設定が同じでも、
   手慣れた人と素人では
   仕上がりも違うのは重々承知ですが、
   日頃からお菓子作りをこなしている子が手掛けても
   何だか微妙に違ってしまいます。】

何通にも分けられたそれだった“お便り”は
レシピ通りに頑張ったけれど、
彼女らが覚えている風味の復元へなかなか辿り着けないという
最後には“陳情”になっており。

 「ね? SOSメールでしょ?」

小さな盆に急須と湯飲みを載せ、
さして距離もないというに、
途中で二度ほど おっとっととバランスを崩しかけつつ。
何とか卓袱台まで辿り着いたイエスが
ブッダへそんなお声を掛ける。
イエス様気付という宛先への心遣いといい、
相変わらずにお育ちのいいお嬢さんでありながら、

 “こんな長文を打ってくるなんて。”

ホントならば電話で、
いやいや面と向かって直接
話したかったに違いないこと匂わせる。
そうまで切実そうな文面に、

 「…うん。」

ブッダもまた、
彼女らが置かれた状況を感じ取っての、深く憂慮したようで。

 「とりあえず、
  明日になってから あらためてのメールを打って。」

スマホを返しつつ、イエスへそうと言い、

 「私、もっと細かいレシピを書くよ。」
 「細かいって?」

最初の依頼でブッダが用意したのも、結構細かく手順を記したそれで。
しかもレポート用紙へ書き起こしたものを、
わざわざ待ち合わせ、イエスが手渡ししたという丁寧な対処を取った。
手慣れて来たので目分量でこなしていたところも、
何gなのか、何ccだろうかというの、
ちゃんと計って確かめたのではあるが、

 「彼女たちも気づいてるように、
  数量の配分がどんなに厳密に同じでも、
  オーブンの仕様が違うとか、
  混ぜ方のタイミングとかでも
  風味が違っちゃうことがあるんだよね。」

練るように混ぜ過ぎると生地が堅くなるとか、
たくさんを一度に焼いてしまうと
天板の外側と内側とで温度差が出来るからとか、
そういう違いが出てしまっているのかも知れないし。

 「それとも“思い出補正”が働いているのか。」
 「あ……。」

何と言っても 責任重大な催しの中で供し、
たくさんの先輩に喜ばれたという
それはそれは思い出深い代物だけに、

 「そっか。それは途轍もなく美味だったって刷り込まれてて。」

それよりずっと勝さるものでもなければ、
同じ代物だってのは なかなか認められない、とか?と。
そこはイエスにもすんなり通じた模様。

 “それと、もう一つ……。”

可能性がなくもないんだけれどと、
胸のうち、こそりと案じるものがなくもなかったブッダ様。
とはいうものの、

 “確証のないことは言えないしなぁ。”








     ◇◇◇



翌日、イエスがメールを打って待ち合わせ、
ブッダが改めての真剣に、
聖家ご用達の、小麦粉やちょっとお安いPBバターと、
オーブンの機種までも綴った新しいレシピを
ガンバvvというイエスの励ましつきで手渡して。
これで大丈夫だ・うんと、
安心して戻って来たイエスと違い、
ブッダの側は何となく、既に予想みたいなものがあったようで。
なので、数日後に、

 【 やっぱりダメです、ダメなんですぅ〜〜っ。】

ご挨拶も何も抜きという、
切羽詰まったメールがイエスのスマホへ飛び込んで来たのだった。








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  *い、今はこれが精一杯…

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